私のはてな

私のはてなをいっしょに解明してください

私の恋人は優しい。だってさ〜、ご飯作ったらおいしいおいしいって食べてくれるし、お弁当おいしかったよごちそうさまって言ってくれるし、洗濯したら ありがとう って言ってくれるし、私の感性を すごい って褒めてくれるし。動物にもお年寄りにも、普通の人にも優しくて、すごいなぁと思う。日々思う。よくできた人。私なんかのハズレくじを引いたこと以外は。



私の顔、このままで十分可愛いって言ってほしい。もう整形なんてしなくていいからって、そのままでいいよって言ってほしい、みんなにそうしてほしい。何言われたって多分またやっちゃうんだけど、とりあえず でいいから、その場しのぎでも構わないから、もっと私の顔を見て、全然変じゃないじゃんって言って安心させてほしい。




これまでずっと家族に、夢ややりたいことを話すたびに、「あなたには無理よ」と笑われて生きてきたから、私にはできっこない が深く深く根付いていて、できないできない私にはできないんだ、と思ってやりたかったのにやらなかったことがたくさんあるから、もうそうなりたくないから、夢ややりたいことができても誰にも言わず、それが叶ったあとに言うようになった。事後報告。

いま一番近くにいる恋人にさえ、これからやろうとしてること、いまやってること、夢、何にも話せてない。(4.9 いまやってることだけは話せた) 。多分これらも事後報告になるんだと思う。笑われたくないし、無理って言われるのが怖いし、その言葉であっさり夢を諦めてしまう自分にも落胆したくないし、ダメだったとき、それを知られるのが恥ずかしい。そんなこと言うような人じゃないとわかっていても、言えない、誰にも言えないよ。ただ一人で頑張って突き進むだけです。




なんか、24になったけど、全然大人じゃないな。思ったことすらないけど。まだ大人にはなれない。

ていうか大人の基準って何よ。20歳超えたら大人って言われるけど、見た目超ロリでフリンフリンの洋服着てても「君は大人だなぁ!」なんて言える?中身が大人って何?礼儀正しいこと?お金の管理がちゃんとできること?お酒飲めてタバコ吸えるようになること?他人と適度な距離を保っていい感じの付き合いができること?仕事してること?税金納めてること?

身体ばっかり大人になって、心は小学生で止まったままだよ。大人になれ大人になれって、じゃあ自分は自分のこと大人だって思う?今まで出会ってきた 大人 と分類される人たちに「自分のこと大人だって思う?」ってきくたびに、「思わない!」って笑いながら言うんだから、本当はどこにも大人なんていないのかもしれないよ。



インターネットで見かけた、よく眠れる方法。


大の字で寝そべって、手のひらは上を向けて、つま先は外側に広げて、全身の力を抜いて地球と一体化するように、リラックス。即眠れる。


というやつ、私にはできなかった。地球と一体化できなかった。

毛布を頭までかぶって、横向きで身体丸めて寝るのがすきです、一番。よく眠れる。

あたたかいし。



あーあ、前髪へーんなの







愛を可能に

顔がブスだと落ち込んでは、泣いて、外へ出られなくなって、食べては吐いて、そのせいで肌が荒れて、また落ち込んで、たまにするプチ整形に安心して、また落ち込んで、“可愛い”ってなんなんだろう、って。可愛いって何。

なんでこんな顔で生まれてきたんだろう。

可愛いって、愛を可能にするって書いて可愛いなんだよ。


嘘でも可愛い可愛い言われて知らない男の人たちから抱かれていたあの時は、もしかしたら幸せだったのかもしれない。


私の顔じゃ、愛を可能にできない。

大丈夫って言って

バイト辞めたんです、二年弱働きました。

 

おかしやさんのアルバイト。上京してきて初めてのアルバイト。恋人と出会ったアルバイト。

変なお客さんも来るけど、そんな人も含め、全てのお客さん、荻窪という地、従業員、接客業務、全部が好きでたまらなかったの。毎日バイトに行くのが楽しみだったの。

 

一月に店長が変わってから、ダメになってしまった。またいつかいなくなるたった一人のせいで好きなことをやめてたまるかと思ったけど無理だった。毎日毎日泣いて、ご飯も美味しくなくて、夜もなかなか寝付けず、夜中には何度も目が覚めて、ああもうすぐ朝だ、またあの場所へ行かなきゃいけないんだと思うたびに、死にたいなという気持ちだけが募って、辞めました。

なんで私が好きなこと辞めなきゃいけないの、なんで私が、なんでなんでなんで、ねえなんで?

 

これ書いてるいまも涙が出そう。なんで私が。店長はさぁ、仕事辞めたいって言ってたんだよ。じゃあ店長が辞めればいいじゃん、なんで私が辞めなきゃいけないの。

でも多分あのまま続けてたら私は本当に死んでいただろうなと思う。

一月から、バイト帰りに電車を待つホームでの立ち位置が、電車が入って来る方の端になった。いつでも飛び込めるように。

辞める前の日のバイト帰り、いつものその立ち位置でお母さんに電話した。もう死にたいって言った。このまま飛び込んで死んでしまいたいって言った。好きなこと辞めたくない、でももう続けられない、あんなところにはもういられない、辞めたくないのに、なんで私が、好きなのに、死にたいって言って駅のホームで声出して泣いた。ごめんねお母さん。

 

常連さんたち、みんな元気かなとふと考えると喉がグッとなって、鼻の奥がツンとする。毒舌なおばちゃんも、缶のドロップ買うか迷ってる男の人も、私のことが大好きで、私も大好きだった小さな男の子とそのママも、いつもガムを買って行くおじさんも、学校帰りの高校生も、みんな元気かな。

 

あれから二週間経った。いつまでもこうじゃだめだとわかってはいるけど、簡単には立ち直れないほどに、あの場所でのあのバイトは、私にとってはあまりにも楽しすぎたわ。

 

また楽しいこと、見つかるやろか。おかしやさん以上に楽しいこと、見つかるやろか。

私、大丈夫やろか。

引越し

二年前に引っ越してきた町とさようならする時がきた。

初めての一人暮らし。

イルミネーションでキラキラして、ベランダからは月がとても綺麗に見える私だけの部屋だった。

笑うよりも、泣くことの方が多かったな。私が一番覚えているのは、何よりも、どんなことよりも、イルミネーションだけに照らされた部屋で、二人絨毯に寝転がり、天井を見つめながら泣いたこと。悲しかったね。あんなに悲しい別れはもう嫌です。なんの縁もゆかりもない新しい地に行けるから、きっと、やっと忘れられる。思い出は全部この部屋に置いていきます。


さようなら、石神井

さようなら、たくさん泣いた部屋。

“原頁”

私は“ド”のつく田舎で生まれ育ちました。自然がたっぷり。家の周りに街灯は一つもない。近所の家は4軒ほど。“近所の友達”なんてものはいない。夜になると真っ暗闇と静寂が訪れる。そんなところで20年間、物心ついた頃から孤独を抱えて生きてきた。

部屋のベランダに出ても、目の前に広がるのは広大な畑。この世に私一人しか生きていないような気分にさせられる。そんなことは絶対にないんだけど、やっぱり私はそれでも孤独でたまらなかった。

東京にとても憧れていた。東京に行けば、自分の望む物、場所、人、全てが存在する。賑やかで、それでもどこか人と人の間には心地良い距離があって、他人に干渉しすぎず、いつも人や車が行き交い、寂しくない、私の憧れの街。中学生の頃からしょっちゅう東京に来ていて、私の生きたい場所はここしかないと思っていた。

今、東京都練馬区石神井に住んでいる。

 

練馬区か〜。良いところだけどほぼ埼玉じゃん笑。」

 

『ほぼ埼玉』。

 

言わんとすることはわかる。けれど、大ショックだった。それでも東京に住んでいることに変わりはないんだけど、ショックでショックでショックでたまらなかった。東京に住んでいる人からすれば、練馬はもはや埼玉になるのか。私は東京に住みたくて東京へ出てきたのに、他人は練馬を『ほぼ埼玉』だと言うのか。もっと“東京”に住みたい。

 

でもあの区は嫌だ、治安が悪いし。

あの区も嫌だ、そこだって『ほぼ埼玉』と言われているし。

その区は絶対に嫌、前に大好きだった人の彼女が住んでたところだもん。やっと忘れてきたのに、私はまた地獄を心の隅に思いながら生活するの?

この区も嫌、だって、寂しいもん。

 

『部屋のベランダはこんな形が良くて、床の色はこれがいいな、一階はちょっと嫌だな、景色の良い部屋に住みたい、賑やかな方が良いな。ベランダに出ればたくさんの灯りが見えて、一人じゃないんだと思える場所が良いな。もう孤独を感じない場所に住みたいな。』

 

憧れと望みを叶えたいだけなのに、私が言うと全部全部全部ただの我儘になってしまう。

 

 

___________

 

 

 

ここまで書いてた。最終編集日は4月23日。

 

今月末に引っ越す先は、最後に書いた、部屋、場所、眺望、全ての望みが叶えられた場所です。ね、叶うよ。願っていれば。思っていれば。アンテナを高くしていれば。

 

けど、今住んでいる石神井、二年住んでやっとわかったの、とても良い場所だったことに。どこに行くにも便利な場所だし、石神井公園は広くて綺麗でお散歩にぴったり。良い場所に住んでいたんだな。近すぎると気付かないのかな。見えないのかな。

とても良い街だったのに、そんな街で私、泣いてばっかりだったな。


私これから、賑やかな都会の街中で、たくさんの灯りを見下ろせる部屋に住みます。もう、寂しくありませんように。

遺書といっしょ

バイトが休みの今日。部屋を片付けて、荷物を受け取って、買い物に行って、お昼ご飯を作って、食べて、映画を観て。

映画を観終わった頃には夕方だった。近くの公園に桜でも見に行こうと思って、お気に入りの変なTシャツに、すっぴんで、イヤホンして、Oasisを聴きながらお散歩。

 

近所に公園があっても、なかなか行かないもんですね。近くにあるからいつでも行ける、なんて嘘っぱち。近くにあるからこそ行かない、そんなもん。東京に住んでるからいつでも行けると思っている東京タワーもスカイツリーも、滅多に行かない。

初めて奥まで足を踏み込んだ大きな公園は、一時間経ってもまだ敷地内の半分も歩いてなかった。桜がたくさん咲いていて、夜桜を見ながらお花見をしている人もたくさんで、公園周辺の家々には明かりが灯っていて、開いた窓からテレビの音が聞こえて、夜ご飯の匂いがして、そんな幸せで、私の目も耳も鼻も全てが満たされた気がした時、「いま別に死んでも構わないな」と思った。

 

生活に不満があるわけじゃない。バイトもうまくいっているし、周りの人には恵まれていると思うし、今は肌がとても綺麗で、髪の毛も染め直したばかりだし、美味しいご飯を食べて、好きな人から好いてもらえて、特別不幸なわけではない。(ただ、そんなことを考えている時猛烈にトイレに行きたかったから、それを除いては。)

そして何よりも23歳という若さが永遠になるなんて、素晴らしいことなのでは?、なんて考えてしまった。

だから今書いているこれは、ちょっとした遺書です。人間いつ死ぬかわからないしね。明日うっかり車にひかれるかもしれないし、バイト先の急な階段から転げ落ちて死ぬかもしれないし、洗濯物を干しているときにベランダから何かの拍子で落ちてしまうかもしれないし、後ろから刺されるかもしれない。

しかし“遺書”ってどうやって書くものなんですかね。うーん。

ただ一つ、やっぱり私は東京が好きだから、東京に出て来られて本当に良かったなと思いました。東京に住んで、東京で暮らして、東京で死にたい。なんでこんなに東京に固執するのかは自分でもよくわからないけど、私の居場所は東京だなと思います。

春はずっと嫌いでした。桜は綺麗だけど、散っちゃうのが悲しかったし。別ればかりに焦点を当てすぎていたのかもしれない。春は出会いの季節でもあることに最近やっと気づきました。別れてもきっとまた新しく出会えるから、春も大丈夫だと、そんなことに気づくのに何年もかかってしまった。春もいいね。花粉がひどいけどね。

旅行に行きたい。日帰りでも可。遠くに行きたいです。好きな人が運転する横で、茶々を入れたり、流れる曲を口ずさんで、窓から手を出してみたりしながら。どこでも良いから遠くに出かけたい。もし明日死ぬんだったら、もう行けないんだな。

お葬式はしてほしくないな。そして泣いてほしくない。本当にバカだなって笑ってください。今これを書いているMacBookAirは真っ二つに折って捨ててください。iPhoneはハンマーで叩き壊してください。スケジュール帳は燃やしてください。どれも中身見ないでね。洋服も全部処分して良いし、漫画は魚喃キリコのやつだけ棺桶に入れてください。そして生花じゃなくて綺麗なドライフラワーも入れてください。あとは何だろうな〜こんなもんかな。前に好きだった人からメールが来てたけど、そういえば返信してなかったから適当に返しといてください。私もう返すつもりないので。

 

いつでもできる、いつでも行ける、なんてそんなことないです。“死”はすぐ隣にあるから、もっと欲望を大切にしたい。私の活力や原動力は「明日死ぬかもしれない」という焦りなんだと思います。だから少し怖くても、何にでも足を踏み込める。

 

なんか、こんなもんですかね。ヒッチャカメッチャカでよくわかんないけど、こんな感じです。けど、書いてたら死にたい気持ちなんかなくなっちゃったわ。

 

さーて、ネットでお洋服でも買っちゃおっと

安心やゆとり

たった今、退学届を書き終えた。あとは提出するだけ。郵送でも良いんだけど、ちゃんと学校の窓口に出しに行く。市ヶ谷は桜が綺麗だしね。一人卒業式(退学式?)してきます。

 

なんで大学生になったんだっけね。

確か私はその時塾で働いていて、勉強をする子供達を見ていて勉強がしたくなって、仕事をしながらでも大丈夫な“通信制”を選んだんだ。

でもなんで哲学を選んだんだっけ。

確かその時にとても好きで好きでたまらなかった男性の影響。哲学はもともと嫌いではなかったし、屁理屈ばっかり言う自分になんか合ってた。ヘーゲルが好きだったし。

そして、「ちゃんと学校に通いながら勉強したい」と上京してきたんだった。

 

その時の私は、こんな生き方で良いのだろうか、周りの友人たちは就職してきちんと働き、生活をしているのに、私はこんなに生ぬるい環境にいても良いのか。それで、「学生だから」を言い訳にしたかったのかもしれない。実際、「学生をしながら働いている」と言うとたくさんの人が素晴らしいと褒めてくれたし。

でも、もうそんな肩書きに甘えず、ちゃんと生きてみようと思ったから、卒業です。生ぬるい自分から。

 

 

不純な動機だとしても、なんでもやってみれば良いと思います。私もずっとそうやって生きてきた。欲しいものを欲しいと言えば、何らかの形で必ず手に入った。好きだと思う人には好きだと言って、会いたい人には会いに行った、そして全部がうまく行った。偶然かもしれない。でも、願ったことは口に出すべきだし、どんどん動いてみるべき。やらなきゃ結果は出ないもんね。

 

学校を辞めたからといって勉強をやめるつもりはないし、ずっと哲学とも触れ合っていたい。そして何よりも、一番得意だったフランス語はこれからも勉強を続けて、フランス語検定を受けたい。

 

好きな人に近づくための話題作りと、上京のきっかけ欲しさと、肩書きに安心したいだけだったのかもしれない。

それでも東京に出てきて、たくさんの人と触れ合う内に、いま自分がしなければいけないこと、やりたいこと、がどんどん明確になってきて、未来に希望を感じ始めた。だからね、なーんにも無駄ではなかったし、間違ってなかったと思います。

いや、“思う”じゃなくて、絶対。